Happy New Year
さてっと、年末のカウントダウンも終わったし、このみに電話でもしようかな?
今は、一月一日、お正月。
例年なら、病院から一時退院して、自宅で家族やお姉ちゃんとテレビを見ているところなんだけど、今年は少し違った。
無事、何度目かの手術も成功して、あたしが、ずっと家にいるようになったからだ。
そのせいだと思うけど、両親は、年頃の娘二人を放ったらかしにして、自分達だけで温泉に行ってしまった。
まあ、これから、夫婦の時間を取り戻そうというところだろうから、まあ、仕方ないか…。
問題は、お姉ちゃん。
両親がこの状態だから、今年は大好きなお姉ちゃんと、こたつにでも入って、二人で年末を過ごそうとしていたら、
こちらも、由真さんと初詣に行ってしまった。
まあ、お姉ちゃんにも、いろいろと苦労を掛けたから、文句を言うつもりはないけど、ちょっと寂しいかな?
トゥルル〜、トゥルル〜
「もしもし、このみだよ、いくのん、あけましておめでとう」
「うん、あけましておめでとう、このみ。ん? ひょっとして、外?」
「うん、初詣に来てるのであります。タカくんやタマお姉ちゃんとね。
あと、ユウくんと、由真さんと、草壁さんと、いくのんのお姉さんもいるよ」
ちょ、ちょっと、待って…なんで、お姉ちゃんがそこにいるのよ。
由真さんと初詣に行ったんじゃなかったわけ? あいつも来てる? そんなの聞いてないわよ。
「あ、そ、そう…賑やかでいいね」
「うん、今ね、いくのんのお姉さんが金魚すくいをしているところだよ。
あ、危ない…ふぅ〜間一髪、タカくんに助けられたから
水に飛び込まなくてすんだみたいであります」
金魚すくいで水に飛び込むって…いったい、どんなだ?
まあ、あの姉だからなんでもあるか?
「楽しそうだね…」
「うん、とっても楽しいよ、いくのんも来ればよかったのに…」
「あ…うん、あ、あの…お姉ちゃんから誘われたんだけど、
車椅子じゃ大変だろうからってんで、あたしはお留守番ということにしたのよ」
置いてけぼりにされたなんて、あたしのプライドが許さない。
「そうなんだ、じゃあ、代わりにお土産でも買っていくね」
「うん、楽しみにしてる。じゃあね」
ぷちっ。
電話を切って、あたしは、とっても不機嫌。
なぜって…何でだろう?
まあ、誰が悪いんじゃないんだけどね…なんか、もやもやして…あたしも一緒に行きたかったな?
あいつが来てるんなら余計ね…
え? えっ? ちょっ? あたし、何考えてるの? あたしにはバウムがいるのよ。
この間、バウムと正式にお付き合いし始めたところじゃん。
あたしって、ひょっとして、気が多いのかしら?
実は、あたしが、不機嫌な原因のひとつは、そのバウム。
お正月の間は、親戚周りや、お得意さんとかの訪問があって、忙しいらしく、ほとんど自分の時間はないって言ってた…
やっぱ、あたしたち庶民とは違うのだ。
少し、誇らしくもあるんだけれど、一般的な女の娘としては、ちょっと不満だよね…
とはいえ、好きになってしまったんだから…しかたないか。
色々考えても、良いことはないから、くだらないお正月特番でも見ながら寝るか…と思ってるところに、携帯が鳴った。
どうせお姉ちゃんだ。
このみに電話したのを聞いて、慌てて電話して来たに違いない…うん。
あたしは、相手を確認もせず、携帯にでた。
「もしもし、こんなに夜遅くに、なんなの?」
あたしは、思いっきりぶっきらぼうに答えた。
「え? あ、あの、夜遅くで…迷惑だった?」
え? お姉ちゃんじゃないよね。
男の人…って、あたしに電話してくる男の人で、お父さんとあいつを除けば…
「あ、バ、バウム?」
「そうだけど、ずいぶんご機嫌斜めだけど…ちょっと遅かったかい?」
「あ、ううん、そんな事ない。え〜と、あの、その、ま、間違い電話…。
そう、さっきから、間違い電話が多くて、つっけんどんに答えちゃったのよ。ごめんなさい」
「あぁ、そうだったんだ、びっくりしたよ。いきなり、超不機嫌メープルなんだから…」
「超不機嫌で悪うございました」
「あ、いや…。実はね、今、メープルの家の近くまで来てるんだ。
年末の挨拶にさ、向坂さんの家に行ったんだけど、親父と向坂さんが、
二人で結構飲んじゃって、結局、帰りが今になったっていうわけ。
それで、もしメープルがいやじゃなければ、今からそっちに行ってもいいかな?
確か、大晦日は、一人だって行ってたような気がしたから」
「え、あ、うん、別に構わないわよ」
本当は、嬉しくって、それに…一瞬、いろんなことを考えてドキドキしてたんだけど、
そこは、乙女のたしなみ(?)。さらっと言ってのけた…つもり。
「でも、帰りはどうするの?」
「あ、それは、ちゃんと迎えを寄こすようにするから。
どのみち、7時には家にいなきゃいけないからね。」
「ふ〜ん。じゃあ、いいよ、何時頃くる?」
「へへへ、実は、今、メープルの家の前から電話してます」
あたしは、すぐに、窓のカーテンを開けた。
外を見ると、大きな黒塗りの車の中から、バウムが手を振るのが見えた。
本当に、もう…。
「じゃあ、今から降りていくから、玄関で待ってて」
「OK」
あたしは、玄関まで下りていって、ドアを開けた。
そこには、車椅子のバウムと運転手さんがいて、
ドアが開くと、運転手さんは、室内用の車椅子にバウムを座らせ、では失礼しますと帰っていった。
あたしは、彼をリビングに座らせるとお茶を入れた。
最近は、この程度なら自分でできるようになってるんだから。
「メープルすごいね、だいぶ練習した? もう、あまり不自由ないんじゃない?」
「あたりまえでしょ、あんたといっしょにしないで。あたしにはメイドさんはいないんだから」
あ、また、いらないこと言っちゃった。なんで、一言、多いんだろう、あたしって…。
「え、いや、まあ、そうだけど…そう言えば、まだ、新年の挨拶をしてなかったね。
あけましておめでとうございます、メープル。今年もよろしくお願いします」
「あけましておめでとうございます、バウム。あたしこそお願いしますね。
…って、ちょっと照れるね。ところで、何時に帰んなきゃいけないの?」
「う〜ん、6時に車を寄こすように言ってある」
「そう、じゃあ、あと5時間ぐらいね…」
「…ねぇ、メープル、君の部屋に案内してくれない?」
え? あ、あたしの部屋? 大丈夫だったかな? 一応年末って事で整理はしたからね。
じゃあ、どうぞと、バウムを二階へ案内した。
簡単に言うけれど、これが、車椅子の人間には大変なんだわ。
あたしは慣れてるからいいけどバウムは大丈夫かな?
「この階段が、なかなかに大変そうだね、メープル。毎日、上り下りしてるんだ」
「うん、まあ、仕方ないし…ちょっとしたコツがあるからね。
あたしが上がるのをよ〜く見て、あたしのやる通り上がれば、それほどじゃないから。
いい、手をこういう風にかけて、一段ずつ腰を引き上げるように…ねぇ、聞いてる?」
バウムのほうをみると、人の話を聞かないで、うつむいていた。
「ねぇ、ちゃんとこっち見なさいよ」
「あ、あの、メープル、見えてる。水色の縞々…」
とバウムが指差した方向を見ると…
「こ、こら〜見るなぁーー」
「いや…見せてるの、メープルだから…」
そ、そうか、でも仕方ないわよね。
「わ、分かったから、いらないところは見ないで、あたしだけを見て上がってきて。
余計なところを見たら殺すからね」
「そ、そんな無茶な…」
まあ、そんなこんなでとりあえずあたしの部屋へ。
あたしの部屋は、手すりがあっちこっちについてるから、車椅子なしでもそう難しくはない。
「へぇ〜、ここがメープルの部屋なんだ〜。あ、このPCでいつもチャットやってるの?
今日は誰か入ってるかな?」
「え? つけてみようか?」
PCを動かして、チャットを立ちあげてっと、とりあえず、『だれかいる?』と打ち込んでみた。
するとすぐに返事が…バニラだ。
バニラ>あけおめ、メープル。誰もいないから帰ろうかなって思ってたとこなの
メープル>うん、あけおめ、ことよろ
バニラ>お正月ったって、食事制限されているあたし達にとってはあんまり関係ないものね。
バニラ>どっか行くの?
メープル>特に予定はないよ
バニラ>そうなんだ…今年は、かっこいい彼でもみつけたいよね
メープル>じゃがいもは?
バニラ>う〜ん。いいやつなんだけど…彼って雰囲気じゃないよね。会ったこと無いけど。メープルは?
返答に困ってたら、横からバウムが、キーボードを叩きだした。
メープル>メープルは売約済みだよ
バニラ>それ、どういう意味?
メープル>だから、メープルは、バウムの彼女になったんだって…
バニラ>え? それってホント?
メープル>ホント、ホント、本人が言ってるんだから間違いないよ
バニラ>あwww、その話し方wwwひょっとして、バウム?
メープル>ご名答! 今、遊びに来てます
バニラ>ひぇーーーー、知らなかったww。いつから?
メープル>メープルよ
メープル>こないだから、2ヶ月ぐらい前からよ
バニラ>そうなんだ、全然、そんな雰囲気じゃなかったから、わからなかった
メープル>そりゃ、最近、バウムあまりチャットに出てこないじゃない
バニラ>そういえばそうね。ま、いいわ、そうなるような気もしてたし…メープルの魅力にバウムも陥落したってわけね。お幸せにねwww
メープル>ありがとね、バニラ
バニラ>じゃあ、折角のお楽しみの時間を邪魔したら悪いから、独り者のわたしは、このへんで退散するわ
メープル>いやな、バニラ。じゃあね
マスター>バニラが落ちました
「ついに、言っちゃったねメープル」
「言っちゃったねって、あんたが言ったんじゃない。
まあ、いいけど、いずれわかることだし。隠しておく必要もないし」
「そうだね、みんな、いい奴ばっかだし」
チャットが終わっても、あたしのすぐそばで、バウムは話を続けてる。
あ、あのね、バ、バウム…チャットしてる時は、気付かなかったけど…あんた近すぎ。
体が密着していて…心臓がドキドキしてるよ。
これじゃ、ばれちゃうよ、きっと…どうしよ。
な、何か言わなきゃ。
「バ、バウム。あたしみたいなのでよかったの?」
「いまさら、何を聞くんだよ。なんども言ったろ、僕にはメープルが必要だって」
「な、何回でも聞きたいのよ」
「メープル…」
あ、あ、あ、ど、どうしよう。バウムの顔が近づいてくる。
か、覚悟は決めていたけど、ファーストキス…よね。
目をつぶるのよね、こういう時って…、あ、さっき、ガーリックチップ食べたけど大丈夫かな?
あ、バウムの唇が重なってきた。
柔らかい…男の子の唇ってこんなに柔らかいの?
「メープル、大好きだよ」
「うん、あたしも」
バウムのキスは、あたしに重なってからすぐに離れた。初めてのキス…あたしにとっての、そしてバウムとの初めての…。
「メープル、愛してるよ」
あたしは、その言葉に、キスでのお返し。これだめ、くせになりそう。
あたし達は、ベッドの上に場所を移して何度も何度も…
このまま、バウムに身を任せばいいのねと思うけど、ちょっと怖くって、勇気もでなくって…
だって、急に来るんだもん。心の準備が…でもバウムはその気なんだろうなぁ…どうしよう…?
それに、そもそも、大丈夫なんだろうか? あたし達…。
「ねぇ、バウム…あ、あの…そ、その、え〜と…」
あたしが恥ずかしくて言い出せずにいたら、バウムが察してくれた。
「メープル、あ…あのさ…実は、僕も自信ないんだ。
だから、あせらず、ゆっくり…どうせ、すでに人よりは遅れてるんだから、
自分達のやりかたで…なんて?
ダメかな?」
「でも、バウムは、それでいいの?」
「メープル…
僕は、メープルが喜んでくれると嬉しいし、メープルが元気がないと僕も楽しくないよ。
メープルの気持ちが一番だよ」
「で、でも、そんなんじゃ、あたしのことばっかりで…あたしわがままだから…」
「だからって、メープルが折れて僕に合わせられる?」
「…む、無理…かも。ちょっとは出来ると思うけど、ある程度以上は無理…かな?」
「それでいいよ。お互いに相手の気持ちを尊重しながら、好きなことをやる。
それが、僕ら流?かな」
ちょっと、拍子抜けしちゃったけど、あたしも怖かったのは事実だしね。
「わかった、わかったわよ。じゃあ、きょ、今日のところは、そういうことにしてあげる。
で、でも、む、無理しなくっていいんだからね。」
「もちろんだよ、お互い、世間知らずなんだから、勉強しながら関係を深めていこう、メープル。それに…」
「それに?」
「そのときは…ちゃんと言うから…」
「…バカ」
あたし達って、いつまでも一緒だよね。約束…バウム。
守らなかったら…守らなかったら、酷いからね。
「じゃあ、バウム、明日も早いんでしょ、少しは寝たら」
「そうだね、じゃあ、メープルのベッドを使わせてくれる?」
「べ〜、やだ!」
「え〜、じゃあ、床で寝るよ」
「冗談だって」
あたしは、先にベッドに入ると、毛布を上げてバウムの入れる場所を作った。
彼は、じゃあ、お邪魔しま〜すといいながらベッドにもぐり込んできた。
「正直、今日も朝からあちこち行ってたから眠いよ」
「じゃあ、目覚ましは6時前にあわせたから、少しだけど、ゆっくり寝てよね」
「じゃあ、おやすみ、メープル」
バウムは、そのあとすぐに寝息を立て始めた。よっぽど、疲れてたんだな。
そんなに疲れてるのに、無理して来ることないのに…。
可愛い寝顔…あけましておめでとう、バウム。
『一年の初めて会う人があなたでよかった』って、古い歌の歌詞みたいだけれど、
来年もその次の年も、ず〜と、その先も、
その年に始めて会うのがあなただったら…って思う。
バウム…じゃあ、すこしお休みなさい。
……
ぴぴぴぴぴ…
あ、目覚ましが鳴ってる。あたしも知らない間に寝てたんだ。
バウムは、まだ眠ってる。
あたしは、そっと、バウムに唇を重ね、そして離れる。
バウムが目を覚まして、もう一度。
しばらくすると、外に車の音が。
お迎えね。
バウムは支度をすると、車に乗って帰って行った。
あたしは、彼の車が遠ざかって見えなくなるまで、ずっと見守っていた。
「い・く・の?」
後ろで、声がした。お姉ちゃんの声だ。
振り向くと、お姉ちゃんは、やけにニコニコしながら、こちらを見ていた。
あたしは、つとめて何も無かったように振舞った。
「なによ、今頃帰ってきて。午前様? 朝帰りだね。おとうさんに言いつけてやるんだから」
「あら、いいのかなぁ〜? そんな事言って…。
お姉ちゃんがいないのを良いことに、男の子と一夜を過ごしたって、あたしも言うわよ。うふふ」
「だ、誰が!?」
お姉ちゃんは、あたしの様子を見ながら、これ以上楽しいことは無いといった感じで微笑んだ。
「さっきの車は、バウムさんところのよね…
お姉ちゃん、あの車が家の前に止まるとこから見てたんだけどな。
気を使ってしばらく、その影に隠れてたんだけどな…」
「うっ…!?」
「『じゃあ、体に気をつけてね、バウム』『メープルもね』…ちゅっ、だって…」
「…わ、わかりました、お姉…さま…、お互い、この事は黙っていると言うことに…」
「わかれば、よろしい。ところで、何か…あった?」
「いいえ、別に、何も…お姉ちゃんこそ、何かあった?」
「ううん…なにも」
「本当?」
「そういうことにしときましょ…いくの」
そういえば、お姉ちゃんも随分変わったよな。
大人になっていうか…綺麗になったっていうか…。
あたしも、あんな風になれるのかな?
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TH2ADのOVAを見て、「郁乃がいない…」と落ち込んでしまったので、じゃあ、その頃、郁乃はどうしてたんだろうという設定で書いてみました。
突然、訪れてきたバウムと郁乃。家には二人以外誰もいない…思わず18禁になってしまうところでした。こういう、病気で繋がってる二人だから、心の繋がりがつよいはず…と思ってたら、こういうストーリーになってしまいました。まあ、ちょっとした番外編でした。
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