My Baby

「いやよ! 絶対いや。これだけは、譲れない」
 
「そんな、わがままを言うんじゃないよ、郁乃!」
 
「わがままなんかじゃないわ、あなたこそ、横暴よ!」
 
「そ、そんな、僕は、君の体のことを思って…」
 
「わ、判ってるけど…嫌なものは…いや」
 
そう、今回だけは譲る訳にはいかない。
たとえ、バウムがどんなに反対しても…
バウムの言ってる事はわかってる。
でも…でも…これだけは。
 
事の発端は、先月に遡る。
ちょうど、バウムとの初めての結婚記念日が過ぎた頃だった。
この一年間、あたしは、バウムの妻としていろいろな行事も顔を出して、
慣れないながらも多忙な、そして、幸せな毎日を過ごしてきた。
 
そんな中、体調が悪くなったので、医者に行き、
 
そして…
 
初めて自分の中に新しい命が息づいていることを知った。
 
 
初めての経験。
驚きと、喜びと、不安が交錯する日々をすごした。
 
今も、不安は、そして怖さは付きまとっている。
でも、徐々に『おかあさん』になる喜びが私を包み込んでいった。
 
問題は、あたしのこの情けない体が、それに耐えられないかもしれないということ。
医者からは、命を賭けた綱渡りだと言われた。
 
 
バウムは、初めは喜んでくれたけれど、
この話を医者から聞かされ、反対するようになってしまった。
バウムの気持ちは分かるけれど、これだけは…。
 
その日から、あたし達は、毎日こんな議論を繰り返している。
いつまで経っても平行線…。
 
「だめだよ、今の君のからだでは、子供は望めないって。
それに、最悪の場合は君も子供も助からないって。
そんなことを認めるわけにはいかないよ」
 
「そ、そうかもしれないけど、あなたとあたしの子供よ。
 それに、あたしの中に宿った命の灯を消すなんて出来ないわ」
 
そう、いつも答えは同じ…あたしとバウムは平行線。
 
 
あれから、数週間が過ぎたけれど、バウムとは相変わらず。
 
 
その間も、私の中の小さな命は成長を続けている。
このまま、バウムもあきらめてくれるかな?
そんな風に思っていた頃、突然、お姉ちゃんが遊びに来た。
しかも、あいつも一緒に…。
 
これは、なんか、きな臭いわね…バウムが頼んだのかしら。
 
「お姉ちゃん、久しぶり…」
 
「久しぶり、郁乃、元気? 聞いたわよ、おめでとう」
 
「おめでとう、郁乃ちゃん」
 
ふ〜ん、結婚何年にもなるのに、手つないで妹のところに来るかしら?
相変わらずの、バカップルなんだから…
 
「ありがと…あんたまで、来るなんて思わなかったわ」
 
「そりゃ、大事な義妹のお祝い事だもんな」
 
「そりゃ、どうも、ありがとうございました。これでいい? 納得した?」
 
「もう、郁乃ったら、そんな言い方しないの」
 
「えぇ、悪うございました。どうせ、嫌われ者ですよーーーだ」
 
あたしは、久しぶりにあいつに『あかんべー』をしてやった。
でもあいつは、いつもどおりニヤニヤ笑うだけ。
 
「ハハハ、本当にいつまで経っても変わらないな」
あいつは、そう言って、お姉ちゃんに目配せをして、部屋から出て行った。
ん? どこ行くんだろう?
 
「ねぇ、お姉ちゃん、あいつどこ行ったの?」
 
お姉ちゃんも、相変わらずニコニコしながらこう言った。
「ん〜? 彼は、末森さんにお話があるんだって」
 
バウムに話? いよいよ、きな臭いぞこれは…
 
「ふ〜ん、そうなんだ…。
ところでさ、今日は、バウムに頼まれてきたんじゃないの? お姉ちゃん」
 
「う〜ん、一応、そういうことになるけど、あまりそんな気はないのよね。
だって、郁乃がそんな事で気持ちをかえるなんて思えないもの」
 
「さすが、お姉ちゃんね、よく分かってるね」
 
「ただね、末森さんの話を聞いている限りは、あなたも末森さんも、
ちょっと真面目にお話合いが必要じゃないかなって、お姉ちゃん思うの」
 
「話し合い?」
 
「そう、二人とも、自分の思いを通すことに一生懸命になって、
相手の気持ちを思いやってないんじゃない?」
 
「…そ、そんなこと…は…」
 
お姉ちゃんは、窓の外を見ながら、遠い過去を思い出すように、一言一言ゆっくりと話し始めた。
 
「お姉ちゃんね、まだ、子供は出来ないけれど、郁乃の気持ちは良く分かるつもり。
そしてね、最愛の人を失ってしまうかもしれないっていう彼の気持ちも良く分かるの。
郁乃が、昔、入院してたときにもね、
手術をするたびに、『もし、郁乃が帰ってこなかったらどうしよう』って、いつも思ってたのよ。
あの気持ちは、経験した私じゃないとわからないわ。
 
わたしはね、彼も同じ気持ちなんじゃないかな? って思うのよ。
郁乃のやりたいようにさせてあげたいけど、もし帰ってこなかったらどうしようってね」
 
「そんなはず、あるわけないじゃない」
 
「絶対無いって、言い切れる?」
お姉ちゃんは、いたずらっ子をしかるように、やさしくあたしにそう言った。
お姉ちゃんが、こういう言い方をするときは、たいがい、あたしが間違ってるときだ。
 
「…それは…」
 
「でもね、郁乃の手術の時には、これをやれば郁乃が良くなるんだって
言い聞かせていたのよ、お姉ちゃんはね。
だからね、彼にも自分を納得させる何かがないと、ダメなんじゃないかなって。
それが何かは、私には分からないから、もっとちゃんと話し合ってみたらどう?」 
 

「そんなこと言ったって…バウムは…」

 
 
「…その郁乃の手術の時ね、貴明さんはあたしの気持ちを理解してくれて、
ずっと支えてくれたわよ。
貴明さんは、あの時、全身全霊をこめて私を支えてくれた。
校舎中を走り回って…みんなに頭を下げてくれて…
 
末森さんだって同じよ。
あなたのことを支えてあげたと思ってるに違いないの。
だからね、もう少し、話し合ってみたらどうかなって、お姉ちゃんは思うのよ」
 
「お…おねえちゃん…」
 
「できるかな?」
 
「じ…自信ない…」
 
「そう…。でも、郁乃、これだけはしっかり覚えていてね。
人はね一人じゃ生きていけないの。
まして、一度でも、それに気付いた人は、絶対に無理なの。
もう、一人にはもどれないの。
あなたも、末森さんもその一人よ。
だから…ね」
 
ひとりで…そうか…あたしは、一人でなんか生きていけない。
バウムなしの生活なんて絶対無理。
時には、鬱陶しく思うこともあるけど、あたしには、バウムが必要。
 
バウムもおんなじ?
だから、こんなに反対してるの?
 
「お姉ちゃん、自信ないけど、全然自信ないけど、バウムと話はしてみる。
 あたし、バウムなしでは、生きていけないもの」
 
お姉ちゃんは、あたしの返事を聞くと、嬉しそうに微笑んだけ。
その後は、このことには触れず、久しぶりに二人で他愛ない話をして、
そして帰っていった。
お姉ちゃんには、かなわないな…やっぱり。
 
あたしは、お姉ちゃんに言われたことを一生懸命考えていた。
どうしたら、バウムと話し合いが出来るんだろう?
 
お姉ちゃん達が帰ってから、いろいろ、考えてみた。
けれど、結論なんか出る訳もなく、ただ、時間が過ぎて行っただけ。
 
今何時頃だろ。
 
あれ? 
そういえば、あいつはどうしたんだろう? お姉ちゃんと一緒に帰ったんだよね。
ちょっとバウムと話すっていっていたけど、
バウムの書斎に行ってみようかな?
 
コンコン。
バウムの『どうぞ』って声が聞こえたので、あたしはドアを開けると、中に入っていった。
中にはバウムが一人で机に座っていた。
やっぱり、あいつは帰ったんだ。
 
バウムは、こちらを振り返ると、あたしの方に近づいてきた。
 
「郁乃、ちょっと話があるんだ」
 
「あ、そう、奇遇ね、あたしもよ」
 
バウムが話す内容については大体予想が付いた。
多分、あいつから色々言われたはずだから、あたしみたいに。
 
「郁乃、実は、お義兄さんから、いろいろとアドバイスを受けてさ…
多分、そっちも同じじゃないかな? なんて思うだけど…」
 
「うん、まあね」
 
「でさ、あれから大分考えたんだけど…結論がでなくてね。
ただ、郁乃は、どうしても僕たちの子供が欲しいんだね?」
 
「そうよ、絶対譲らないから…」
 
「…」
 
「お姉ちゃんが、バウムの気持ちも考えろって言ってたけど、でも、でも、これだけは譲れない」
 
バウムは、あたしの言葉を聞くと大きく頷いて、こう言った。
 
「お義兄さんにね、
『君は、君の大事な人が、命をかけた綱渡りをしているときに、ただ見ているだけなのか? 
どうして、支えてあげないんだ? 
君が支えれば、その綱は太くも出来るだろうし、
もし、落ちそうになっても、手を差し伸べてあげることが出来るんじゃないのか?』
って言われたよ。
 
そうなんだけど、その通りなんだけど…その勇気が僕にはないのさ。
もし、郁乃が帰ってこなかったらどうしようって思うとね。
 
…だからね…だから…郁乃…
ひとつだけ、約束してくれないか? 
 どんなことがあっても、必ず僕の元に帰ってくるって」
 
「あたりまえじゃないの、あたしの帰る場所は、バウムしかないんだから」
 
「ううん、違うよ。僕の言ってるのはね…
もしも…もしものときには、君の中の命より、君の命を優先するって言う事だよ」
 
バウムは、小さく首を振りながら、意を決したように言い放った。
 
「え…」
 
あたしは、バウムの言葉に返事を返せないでいた。
だって…だって。
 
「どう…かな?」
 
「い…いや…いや! あたしは、あたしは、どんなことがあってもこの手に新しい命を抱くの」
 
「郁乃…」
 
「あたしは…あたしは…」
 
どうしたら、いいんだろ、バウムの気持ちも、十分分かってるのに…。
 
「郁乃、僕の言う事をゆっくり聞いてくれるかな?
 もちろん、君と子供の両方を助けるために、僕は末森の全力を傾けてサポートする。
 でもね、それは、君を守るためなんだ。
もちろん、子供のことを忘れているわけじゃない。
でも、君がいなくなることなど、僕には耐えられない」
 
「バウム…」
 
あたしは、バウムの気持ちが痛いほど分かった。
あたしも、多分同じ気持ちだから。
長い沈黙が二人の間に流れた。
 
 
そう、そうよね。そうよ! よし!
 
「バウム、少し向こうを向いてくれない」
 
バウムはおとなしくそれに従った。あたしは、バウムと背中合わせになると話し始めた。
 
「あのね、バウム、ごめんね。あなたの言ってることは全部理解してる。
 そして、多分、あなたの言ってることがベストの方法だと言うことも知ってる。
 でもね、どうしても、譲れないの。
 これは、多分、女である『あたし』にしか分からないかもしれない。
 『あたし』の単なるわがままかも知れない。
 だから、あなたにわかって欲しいとは思わない。
 でも、それがあたしの偽らざる気持ち」
 
「でも、郁乃、君がいなくなったら…」
 
「わかってるわ、バウム。
 あたしが、同じ事をあなたから言われたら、『イエス』って言うわけないものね。
 だからね、あたしとあたしの子供と両方を助けて」
 
「もちろんだよ、そのつもりだよ」
 
「そして、あたしがどうしても言う事を聞かなくなったら、ひっぱたいてでも言う事を聞かせて」
 
「えっ?」
 
「そうしたら、あたしは、あたしだけを助けられたことを恨んであげるから。
 そう、あなたには、感謝しない。」
 
「郁乃…そんな言い方…」
 
「そして、そしてね、もし、そうなっても…」
 
あたしの頬を涙が流れるのを感じた。
 
「な…何年後かには……『あの時、バウムに助けてもらって……よかった』って思えるように……なりたいの。
 バウム……協力して……くれ……る?」
 
「わかったよ、それも含めて、僕がサポートする。そして、君に戻ってきてもらう」
 
「バウム…ご…めんな…さい。愛してるわ」
 
「愛してるよ、郁乃、二人で頑張ろう」
 
「うん」
 
バウムは、あたしの前まで来て、あたしに近づいてくると、そっと唇を重ねた。
唇を離したら、バウムがこちらを見つめていた。
いつも優しいバウムだけど、今日は特別。
 
お姉ちゃんと、ちょっと悔しいけど、あいつにも感謝だな。
この気持ちは、バウムにもわかってほしい。
今日は特別…
 
「バウム…」
 
「どうしたの?」
 
「あのね、あたしね…」

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え〜と、郁乃ちゃんの結婚した後のお話です。ちょっと生々しかったでしょうか? でも、実はMAKOTOは、こういうのが好きなのです。もし、気分を害された方がおられたら、謝ります。ごめんなさい。( ^o^)ご( -。-)め( _ _)ん( -。-)ね(^o^)
男って、結局女の言う事には勝てないんだよね…そういう生き物なのです。
まあ、いくのんに言われたらなんでも許してしまうとは思うけど、それだけにいくのんが帰ってこないかもしれないなんて思うと、やっぱりバウムのように反対するとは思いますよね…まあ、最後は寄り切られるのが目に見えているんだけどね…。
女心って難しいですよね…(;´・`)>
 
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