出会い(郁乃) 前半
 
昨日、夢をみた。お姉ちゃんが、いなくなる夢。
どこを探してもお姉ちゃんがみつからない。
私にとっては、何にも代えがたい大事な人であるというのに…。
これは、夢なんだと自分に言い聞かせていた。
 
目が覚めると、ベッドの上にいる自分がいた。
真っ白な壁…代わり映えしない病室。
夢の中では、私も自由に動ける。
だから、眠るのは大好き。
でも、最近は、よくお姉ちゃんがいなくなる夢をみる。
 
理由は簡単。私には悩みのタネがあるから。
たぶん、それは、また、今日あたりやってくるはず。
そう、お姉ちゃんと一緒にお見舞いに来るやつ。
私から、お姉ちゃんを奪おうとしているやつ。
 
コンコン
 
「はい、どうぞ。」
たぶん、お姉ちゃんにだ、看護婦さんのノックじゃない。
 
「郁乃〜、具合ど〜お?」
「よお、元気か?」
 
これが私の悩みのタネ、河野貴明。いつも、お姉ちゃんと一緒にやってくる。
 
「元気じゃないから、入院してるじゃない。バカじゃないの?あんた。」
「郁乃、そんな言い方しないの。せっかく来てくれてるんだから〜。」
「別に、無理して、来なくてもいいから。」
「ははは、別にいつものことだから。」
 
こういう、物分りのいいところも大嫌い。
 
「じゃあ、お姉ちゃんはちょっと看護婦さんのところに行ってくるから、待っててね。」
「お、お姉ちゃん、こんな狼と一緒にしないでよ。こいつも連れってよ。」
 
何言ってるの郁乃〜、という言葉を残して、お姉ちゃんはドアの向こうに消えていった。
私は、ナースコールのボタンをしっかり握って、
 
「何かしたら、すぐ看護婦さん呼ぶからね。」
「大丈夫だって、お前みたいな、小学生みたいな女の子は襲わないって…」
といいながら、お見舞い品を食べ始めた。
 
「食うなって、いつも言ってるだろ、それは、私へのお見舞いだぞ。
 それに、そりゃ、あんたから見たら小学生みたいな体だろうけど、
 そ、それは、入院してるからであって、姉を見れば想像付くだろう。
 健康だったら、私だって、あ、あんな感じなんだから
 …あっ、そうか、じゃあ、お姉ちゃんなら襲うんだ…」
 
妹の私が言うのもなんだが、たしかに、お姉ちゃんは、魅力的な体つきをしてる。出るべきところはでてるし…。
 
「えっ?いや、お、襲ったりするもんか!」
「ホント?姉に何かしたんじゃない?エッチな事したら承知しないから。」
「そ、そんなことはしてない!」
「じゃあ、キスは?」
「えっ、し、してないぞ!」
「じゃあ、手ぐらい握った?」
「あ、そ、それは…」
 
正直な奴…
 
「握ったんだ…スケベ…帰れ…」
私は、困ってるあいつに、枕を投げつけて、シーツにくるまった。
 
やっぱり、お姉ちゃんと仲いいんだ。
そりゃ、そうだろうけど、それは、私には少なからずショックだった。
このままじゃ、お姉ちゃんをとられてしまう。
 
こいつが現れてから、私は、いつも考えていた。
そして、少し前に出た結論は、簡単なことだった。
手術しなければいいということ。このまま、ずっとここにいればいい。
どうせ、友達も何もいないんだから、このまま、ここにいればお姉ちゃんはいつも来てくれる。
あんなやつにとられることもない。その思いがさっきの一言で一気に凝結した。
 
その日の夕方、あいつは、下で待ってると言って先に部屋を出たので、お姉ちゃんと二人になれた。
チャンスだ、今、言おう。
 
「お姉ちゃん、私ね、手術受けるのどうしようかなって思ってるんだ。」
「えっ?何を言うの?郁乃は、手術を受けて学校行くんじゃなかったの?」
 
その、つもりだったんだけど…そして、お姉ちゃんと一緒の学校に行きたかったんだけど…
そしたら、あいつと、お姉ちゃんが仲良くしてるのを見なきゃならないし、お姉ちゃんは私から離れていってしまうかもしれないし…。
 
「やっぱり、ちょっと怖いし…すこし考えさせてほしい。」
「あ〜、そうか〜、そりゃそうだね、お姉ちゃん、郁乃の気持ちを考えてなかったよね。
 うん、うん、手術受けるのは郁乃だからゆっくり考えてね。」
 
お姉ちゃんは、一瞬、顔曇らせたけど、すぐいつもの笑顔に戻って、許してくれた。
どうして、私のわがままを、そんなに簡単に聞いてくれるの?なんで、怒らないの?
 
「じゃあ、今日は、もう帰るから、またね。じゃあね、郁乃おやすみ。」
「おやすみ、お姉ちゃん。」
私は、これで、よかったんだと自分に言い聞かせながら、眠りに落ちた。
 
 
何日か過ぎて、病室にノックの音がした。
 
お姉ちゃんかな?私は寝たふりをしていた。
でも、入ってきたのは、看護婦さんでもお姉ちゃんでもなく、私の大嫌いなあいつ。
どうして?おねえちゃんは?
あいつは、私が寝ていると思って、イスに腰掛けた。
お姉ちゃんはこないの?どうしよう、いまさら、起きれない。
 
「眠ってれば、可愛いのに…」
 
何?起きてれば、可愛くないの?う〜起きてれば…このやろ〜枕、投げてやるのに〜
 
「あまり、愛佳に心配かけるなよ。」
 
え?今なんて?お姉ちゃんに心配かける?誰が?私が?何時?なんで?
あいつは、しばらく、そこにいて、何かしてたけど、私が起きそうにないので帰っていった。
 
「じゃあな、郁乃ちゃん。」
 
ドキン!郁乃ちゃんなんて言われたの初めてじゃないけど…なにか、きゅうぅっとした。
 
あいつが帰った後、私は、枕元にメモがあるのに気が付いた。
それには、『がんばれ!』と一言、大きな字で書かれていた。
破いてやろうと思ったけど、なぜか出来なくて…きれいに畳んでノートにはさんだ。
 
 
今日は、雨。
 
あれから、あいつも、お姉ちゃんもあまりこない…テストだからね。
来週には来てくれると思うけど、ちょっと退屈。
あんなやつでも、来れば、退屈しのぎにはなるからね。
 
コンコン 
ん?これは看護婦さんね。
「どうぞ。」
 
看護婦さんが、花を持って入ってきた。
「いつも、すみません。」
 
私が、お礼を言うと、いいのよと言って、古い花を持って行ってくれた。
最近よく換えてくれるな。花は、いいよね、はっきり見えないけど、きれいな色だし…
目が見えなくても、においもいいし。
もっと、目がよければ、もっときれいなんだろうけど…。
手術すれば、よく見えるようになるって、お医者さんが言ってたけど…。
 
コンコン
どうぞ言う声を聞いて入ってきたのは、あいつだった。
 
「あ、あんた、何しにきたの?」
「たまには、郁乃ちゃんの可愛い顔でも見せてもらおうかなと思ってね。」
「心にもないこと言わない。」
「はは、わかった?」
「帰れ。」
 
「ははは、お前って花、好きなんだ?看護婦さんが言ってたぞ。」
「あ、あんたには、関係ないでしょ。私が花が好きでもどうでも。」
「まあ、そりゃ、そうだけど、花はきれいだよな。
 ここじゃ見れないけど、桜の散るところなんて、本当にいいよ。
 早く、退院して皆でお花見でもしようや。」
「たとえ、退院できても、あんたとは行かない。」
「いいよ、俺とは行かなくても。早くよくなって、愛佳と行ってやりなよ。
 愛佳は待ってるよ。じゃあ、今日は帰るわ。
 お前の憎まれ口を聞いたら元気になったし、また、テスト勉強してくるよ。また、来るな。」
「もう、来るな。」
 
ドアを閉めてあいつが出て行ったところで、あいつは、看護婦さんと立ち話をしていたようだ。
なに話してるんだろう?こっそり聞いてやろう?と思って聞き耳を立てていた。
 
「…あら、彼氏さん。もう帰るの?毎日のように来てるんだから、もっとゆっくりしていけばいいのに。」
 
え?毎日のように来てる?彼氏さんって?あいつが?
 
「看護婦さん、何度も言ってるけど、彼氏じゃありませんから…。」
 
そりゃそうだ。あんなやつが彼氏であってたまるものか。
 
「あらあら、毎日のように来ては、お花を持ってくる、ご兄弟でもない男の子が彼氏さんじゃないはずないでしょ。」
 
ドキン!私の胸が高鳴った。
 
花?毎日のように?ちょ、ちょっと待って?
じゃあ、最近、たくさん花が来てるのは、あいつが持ってきてる?しかも自分で?
 
ドキン!ドキン!さらに胸が高鳴る。
 
「看護婦さん、俺が持ってきてることは内緒にしてよ。
 もし、郁乃ちゃんが気が付いてもお姉さんが持ってきてることにしてくださいよ。
 俺、嫌われてるから、姉さんからだったら喜ぶと思うんだ。」
「はいはい、わかってますよ。彼氏さんはやさしいね。」
「違いますってば。」
 
看護婦さんの声が聞こえなくなって、あいつの帰っていく足音が遠くなっていった。
私の頭の中には、いろんな事が目まぐるしく動いていた。
 
毎日のように?
あいつが?花を?なぜ?
お姉ちゃんに頼まれたの?
そうだ、そうに、決まってる。
お姉ちゃんはテストで忙しいし、あいつは、別に勉強するタイプじゃないもんね。お姉ちゃんに頼まれただけなんだ。
そうよ…絶対、そうよ。私は、自分に言い聞かせるようにして、眠ろうとした。
けれど、なんだか、ドキドキして眠れなかった。なんでだろ?昼間寝すぎたかな?
 
お姉ちゃん…いつしか、私は眠りについた。
 
 
−後編−へ続く
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