ある日の私達

「珊瑚様、だ、大丈夫なんでしょうか? シルファとミルファは」
 
「多分、大丈夫やと思うんやけどな…あ、このプログラムがハングアップしてるんか…そしたら…」
 
珊瑚様は、二人のプログラムデータをデバッグしながらブツブツ言いながら、二人を調べています。
珊瑚様、大丈夫だと仰っていますが、こんなに真剣なお顔は見たことがありません。
それだけ、シルファとミルファ重大な状況だということがわかります。
大丈夫なのかしら…シルファちゃん…ミルファちゃん…
 
 
事の起こりは、貴明さんと環様の結婚式の時でした。
私達(メイドロボ姉妹)も、珊瑚様、瑠璃様とともに披露宴に招かれ、
私達にもスピーチの機会が与えられました。
 
どうやら、私が、向坂家にメイド奉公に行った時に気に入って頂いたという事のようでした。
向坂家の跡取りである環さまの披露宴は、それはそれは豪勢でしたし、
たくさんの来賓の方々のなかで、私ごときがスピーチするなんて…。
 
 
CPUをフルに働かせてもメモリーの保持が難しくて、間違わないかと心配でしたが、
ドキドキしながらも無事スピーチを終え、三人で下がろうとした時、
一緒に壇上に上がったミルファちゃんが「一言、あたしも言いたい」と言うので、マイクを渡しました。
 
「ダ、ダーリン! おめでとう。お幸せに。
でも、ミルファのご主人様登録はダーリンなんだから、
結婚してからも、ミルファはダーリンのメイドロボなんだからね。
忘れちゃいやよ!」
 
な、な、何を言うの! この子は。
あわてて、マイクを取り上げようと手を伸ばすと、隣りから別の手が…シルファちゃん?
シルファはミルファの手からマイクを取ると、
 
「らめらめご主人様、おめれとうなのれす。
ミルミルとかイルイルは放っておいていいれすから、
シルファらけを見ていてくらさいなのれす。
シルファのご主人様登録は、ご主人様らけれすから、
タマタマと一緒になっても、ず〜っと、ミルファともいっしょいるのれす」
 
な、なんてこと言うのでしょうと思っても、もうあとの祭り。
どう取り繕うかと思い、彼女達からマイクを取り戻してみたもののあとの言葉が出ません。
いっそ、ごめんなさいと謝ってしまいましょうかと途方にくれていたら、環様が
 
「シルファちゃん、ミルファちゃん、これからも貴明さんのことをよろしくお願いしますね。
そして、二人とも、イルファさんのような立派なメイドロボになってくださいね」
 
とうまく纏めて下さって、本当に助かりました。
 
私たちは、とりあえず2人にお辞儀をさせて席に戻りました。
シルファとミルファの様子がおかしくなったのは、そのあとでした。
 
席に戻った二人に、「なんてこと言うの、お姉ちゃんどうしようかと思ったじゃないの」と怒ったんですが…
二人とも、ちゃんと返事をしなくて…でも、ふてくされているんだと思って、放っておいたんですが、
その後、少しずつ反応が遅くなってきて、披露宴が終わる頃には完全におかしくなっていました。
 
珊瑚様も途中で気がつかれて、来栖川の車と長瀬のおじ様をお呼びになり、
帰りは来栖川研究所へ直行になりました。
研究所についたころには、二人ともハングアップしてしまって
動けないような症状になっていたので、私は、二人を担いで、
珊瑚様と長瀬様に続いて研究所に入りました。
 
二人とも大型コンピュータにつながれてプログラムのデバックを開始。
 
私が、心配そうにしていると、いつの間にか瑠璃様が、すぐおそばに。
 
「イルファ、大丈夫や。
さんちゃんにでけへんことなんか、あらへん。
そやから、大船に乗った気分で待っといたらええんや」
 
いつもながら、瑠璃様って…
本当に、私が困ってるときには、必ず助けてくださるのですから。
だから、だから、大好きです。瑠璃様。
 
「わかったん? イルファ?」
 
「は、はい、わかりました。瑠璃様の仰るとおりだと思います」
 
『わかったらええんや』という顔をして、瑠璃様はじっとミルファたちを見つめておられる。
私を元気付けるために、あんなことを仰っただけで、本当は心配なんですね。
瑠璃様は、本当にお優しい方です。
 
デバッグをしている珊瑚様たちを見ていると、相当時間がかかりそうな感じでした。
もっとも、何時間かかってもミルファとシルファが戻ってきてくれれば、時間なんて関係ないですが。
特に私は、疲れるという事はありませんので、問題ありませんし…
 
でも、瑠璃様はそういうわけにはいきません。
しばらくすると、見た目にも、かなり疲れておいでの感じでしたので、
「邪魔になりますの、コンピュータルームのすぐそばで待ってましょう」
とお誘いして、いったん外へ出て珊瑚様たちを待っていました。
 
それから、どのぐらい経ったのでしょう?
疲れた顔をした珊瑚様と長瀬様がコンピュータルームから出てこられました。
 
「珊瑚様、長瀬様、ミルファは、シルファ大丈夫なんでしょうか?
 
心配そうに聞く私に向かって珊瑚様は、ニコニコしながら答えてくださいました。
 
「あ、いっちゃん、大丈夫やで。
二人とも想定外の感情プログラムのバグに入り込んだ見たいなんや。
ちなみに、いっちゃんも同じプログラムやから、あとで治したるな」
 
「じゃあ、もう大丈夫なのですか?」
 
「全然、大丈夫」
 
「珊瑚様、その場合、文法的に『全然』はおかしいです。『全然問題ない』と仰ってください」
 
「もう、つまらんな〜いっちゃんは…」
 
私は、それよりも二人が何故ハングアップしたのかを知りたくて珊瑚様に詰め寄りました。
 
「そ、その、どうして二人はおかしくなってしまったんですか? いまプログラムとか仰いましたが…」
 
珊瑚様は、心配そうに尋ねる私を包み込むように、ニコニコしながら説明してくださいました。
 
「あのな、いっちゃん。
二人とも、にいちゃんが好き好き好き〜やったやろ。
で、そのにいちゃんをタマタマに取られわけやんか。
でも、タマタマのことも好き好き〜なわけやから、
そやから、その矛盾する二つの気持ちが思考回路をハングアップさせたんや」
 
「え? そ、そんなことって?」
 
「うん、普通はないはずやねん。
長瀬のおっちゃんともだいぶ話ししたんやけど、プログラム的にはあれへんはずやなあって」
 
そのやり取りを聞いて、長瀬のおじ様も話に入ってこられました。
 
「そう、珊瑚ちゃんのダイナミック−インテリジェンス−アーキテクチャーではありえないことが起こった。
いくら考えても理解できなくて…そう…まさに、進化…した…としか言ういいようがない」
 
「進化? ロボットの私達が?」
 
「そう、そうとしか考えられない。
プログラム的には、メイドロボであることを優先させ、
悲しいながらもご主人様にお仕えすると言うことになるはずが、
自分の気持ちを優先させようとした結果のようだ。
珊瑚ちゃんのこのシステムは、ひょっとすると機械と人間の関わりを変えてしまうかもしれない。
これが、君達3姉妹だけなのか、それとも、ほかのメイドロボにも適応されるのは分からない。
しかし、もし、私の考えている通りの出来事だったら、アンドロイドにとっては、
一大革新になりそうだ」
 
長瀬のおじ様の仰ることは理解できましたけれど、そんなことが本当に起こるのでしょうか?
 
実際、私も、貴明さんのことは好きでしたし、デートしたい男の子3年連続ベストワンなんですけど、
そんな気持ちは起こりませんでした。それは、私のご主人様登録が瑠璃様だからでしょうか?
 
私が、そんなことを考えていたら、珊瑚様はこともなげにこう仰りました。
 
「いっちゃんは、瑠璃ちゃん、好き好き好き〜やから、兄ちゃんが結婚してもなんともなかったんやね。
 そやけど、瑠璃ちゃんが結婚するときにおんなじことが、あるかもしれへんなぁ」
 
「え? 瑠璃様が結婚? で、でも、その時って、私もメイドロボとしてご一緒できるんですよね」
 
ち、違うのかしら…。
え? え? どうしましょう? なんだか不安になってきました。
あ〜ん、瑠璃さまぁ…私もハングアップしそうですぅ。
 
「さんちゃん、うちは、結婚なんかせえへんで。
うちは、うちは、ず〜っと、ず〜っと、さんちゃんとイルファと一緒にいるんやからな」
 
瑠璃様は、いつものように顔を真っ赤にしながら、珊瑚様に猛抗議していますが、
珊瑚様もいつものとおり、ニコニコしながら受け流しておられます。
 
 
イルファは、お二人のこんなやり取りを聞くのも大好きです。
だって、お二人とも、相手のことを一生懸命思っておられて、
そんな気持ちの中でイルファもなんだか優しい気持ちになれるからなのです。
 
「あかんで、瑠璃ちゃん。瑠璃ちゃんも、好き好き好き〜な人が出来たら、結婚したらええんや」
 
「う、う、うちは、け、け、結婚なんか、ぜ、絶対、せえへ〜〜ん!」
 
うふふ、瑠璃様ったら、あんなに一生懸命になって。
だから、大好きなんです。
お優しくって、そのくせ、自分の気持ちを正直に表に出せなくって…
イルファは、本当にあなたのために尽くしたくなります。
 
でも、瑠璃様、ごめんなさい。
一瞬でも、私を置いてけぼりにされるのではないかと思ったことを許してください。
お優しい瑠璃様が、そのようなことをなさるわけがありませんでした。
だからこそ、イルファは、瑠璃様についていきます。
 
「あの〜瑠璃様」
 
「なんや、イルファ」
 
「じゃあ、私と結婚いたしません?」
 
そのときの瑠璃様の顔ったら…ふふふ。
 
 
「な、な、な、な、何いうてるねん。アホーーーーーーーーーーーーーーーーー」
 
 
瑠璃様ったら…かわいい。

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 昨年からネットラジオでメイドロボ3姉妹の番組が始まり、イルファさんの声を聞くたびに何か書きたくなってたんですが、丁度日本に帰国することになり、なかなか筆が進みませんでした。帰国の際に、壁に貼っていた3姉妹のポスター剥がすときに思いついたお話を飛行機の中で仕上げました。イルファさんは誰にもやさしいけれど、瑠璃ちゃんもそれに劣らずやさしいんですよね。両極端な二人がなんとなくほほえましく思い書いてみました。

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