タカ坊の留学
「雄二、電話よ。小牧愛佳さんから。」
「おっ、姉貴サンキュ。」
雄二は、私から受話器を受け取ると、彼女と話し始めた。雄二って、愛佳さんと仲いいのかしら?
「お、『いいんちょ』、ひさしぶり、元気にしてた?
…だめだめ、いつまでたっても『いいんちょ』だって。
…ああ、参加人数大体きまった?男のほうは、俺を入れて4人かな。
…おお、さすが、貴明だね、女の子には人気あるね。
…OK。じゃあ、場所は、俺が適当に探してみるよ。決まったら、電話する。
一緒に下見に行かない?え〜、つれないな〜。デートのお誘いなんだけどな。ま、いいや。とりあえず電話するわ。じゃあな。」
ん?何の話だろ、タカ坊の名前が出てたけど…。
「ねえ、雄二、今の何の話?タカ坊の名前が出てたみたいだけど…。」
「あん?ああ、貴明の壮行会の段取りだよ。相変わらず、女には人気あるね、7人参加だって。場所探さないとな。姉貴も来る?まあ、姉貴は、二人っきりでやったほうがいいか?」
「壮行会?…なにそれ?誰の?」
「何言ってんだよ、貴明の壮行会に決まってんじゃん。アメリカ留学の。」
「誰が留学するの?」
「だから、貴明だって!」
雄二ったら、何言ってるんだろ?タカ坊が留学?そんな訳ないじゃないの。私何も聞いてないもの…
「雄二、タカ坊が留学するの?」
「そうだよ。」
「アメリカに?」
「そう。」
「いつ?」
「春からって聞いたけど…って、ひょっとして、姉貴、聞いてないのか?」
「タカ坊が…春から…留学って、聞いてないわ、タカ坊がいなくなるの?
アメリカって、久寿川さんがいるんじゃない。確認しなきゃ。」
「おい、姉貴しっかりしろよ。」
「あ、雄二。どうしたの…タカ坊のところ行ってくる。」
「大丈夫か姉貴?」
雄二の声を聞きながら、知らない間に、私はタカ坊の家へ向かっていた。
ピンポ〜ン、ピンポ〜ン、ピンポ〜ン、ピンポ〜ン…
「はいはい、わかりましたよ、今あけますから、ちょっと待ってくださいよ。」
ガチャ。ドアを開けてタカ坊が顔を出した。
「あ、なんだタマ姉か。どうしたの?けたたましく呼び鈴押すもんだからびっくりしたよ。」
私は、彼の言葉なぞほとんど聞かずに、家の中にずかずか入っていって、タカ坊をソファに座らせた。
「タカ坊、これから質問することに正直に答えなさいよ。さもないと…。」
両手の指をわきわきと動かしてアイアンクローの体勢へ。
「ど、どうしたんだよ、タマ姉。暴力反対!」
「タカ坊、留学するって本当?」
「あっ、誰から聞いたの?」
「本当?」
「え、いや、その、まだ、最終決定はまだだけど、一応仮決定といところ。」
その言葉は、私の心を鋭く突き刺すのに余りあるものだった。
「た、タカ坊…どうして?」
「いやあ、教授の推薦があってね、で、半年間だけどUCBLへ留学できることになってね…。」
「タ・カ・ぼ・う・どうして、私になんの相談もなかったの?」
「いや、決まってから話そうと…。」
「じゃあ、どうして、雄二が知ってるの?」
「えっ?たぶん、研究室の誰かから聞いたんじゃないかな。」
「タカ坊、本当に留学するの?アメリカって…久寿川さん、ささらさんがいるんでしょ。」
タカ坊は、ここで、ようやく私が来た意味を理解したみたいで、私を諭すように話し始めた。
「タマ姉、この留学は、ぼくにとってはとっても重要なものなんだよ。
そりゃ、ささらのいる国だけど、ささらのいる所とは、遠く離れているし、会うことも無いと思うよ。
もちろん、連絡もしないし…。」
「でも、でも…わたし一人になっちゃう。タカ坊がいないとどうしようもないのよ。」
「タマ姉…わかってよ…半年だけなんだから。」
「いや。わたし…もうひとりはいや。わたしもついて行く。」
「タマ姉…タマ姉には、向坂家の跡を継ぐっていう仕事があるんじゃないの?
僕の知ってるタマ姉は、それを放っといて、アメリカに来るような人じゃなかったはずだけど。」
「でも、でも…タカ坊…タカ坊にとって私は必要じゃないの?
アメリカに行ったら私のことは忘れて、新しい人と一緒に住むんじゃない?
あなたは…あなたは、誰にも優しいもの…あなたの優しさを勘違いする女の子がきっといるから…。」
「タマ姉、落ち着いてよ。ぼくがそんなことするわけ無いでしょ。僕にとって、タマ姉は全てなんだから…。」
「そういう優しい言葉をきっと、他の人にも言うんだ〜。いや〜、行っちゃいや〜。」
「タマ姉。ぼくは、この留学でひとまわりもふたまわりも大きな人間になるつもりなんだ。
だから、理解してよ、タマ姉。ぼくのためなんだからさ。」
それは、言われなくても、十分理解してる。
そう、この留学はタカ坊にとって重要な意味を持つことを。
わたしは、それを助けなきゃならないことも。でも、でも…
「タカ坊…酷いんだから…そんなこと言われたら反対できないじゃない…で、いつから…なの?」
「まだ、正式に連絡ももらってないけど、一応期間は3月〜8月までなんだ。
だから、2月の半ばには向こうに行って家探しとかしなきゃならないし、ビザの申請ももう始めなきゃなんないかな。」
「タカ坊…絶対浮気しちゃ、いやよ。」
「わかってるって。そんなことするはずないって。」
あ゛〜心配。絶対、女の子に優しい言葉をかけるんだ…自覚してないから余計問題…タカ坊は…。
「そうだ、タカ坊、いっぱい約束して欲しいんだけど…いい?」
「できることなら。」
「ひとつめ、絶対、久寿川さんには、連絡しない!いいよね。」
「OK、タマ姉、心配しなくても、ささらの住んでる場所はNYだよ、ぼくの行く所は、オークランド、西海岸だよ。
飛行機ででも5時間以上かかるんだから、外国みたいなものだよ。心配しなくていいよ。絶対連絡しない。」
「ふたつめ、毎日電話するよ。」
「いいけど、高くつくよ。」
「いいの。お給料、全部電話代になってもいいから毎日電話する。」
「タマ姉…」
「みっつめ、行く前に二人で、お食事と…えと…あの、その、一緒に一晩過ごしたい。」
「あ…、あ、わ、わかった。セッティングするよ。」
「私、雄二の企画してる壮行会には行かないから…ね。」
「タマ姉、余計な心配しないで、ぼくの愛してるのはタマ姉だけだから…
ぼくが、困ってるときに助けてくれるのはタマ姉だけだから。愛してるよ、タマ姉。」
そういって、タカ坊の顔が近づいてくる。
私が目をつぶって、待ってると、タカ坊の唇が私の唇に触れる。
う〜ん、いつもいい感じ、ぽ〜っとしちゃうくらい。麻薬みたい…だめだめ、騙されちゃ…。
「わかった。愛してるタカ坊。今日はとりあえず、帰るわ。」
私は、そう言うと、立ち上がり、もう一度タカ坊にキスをしてドアのほうに向かった。
ドアを閉めるときにもう一度、愛してると告げて、家路へとついた。
それから、2、3日は、タカ坊のところに行きたくて仕方なかったけど、わたしも意地があるから、知らない顔をして過ごしてた。それに…会うと、何か言いそうで…。
しばらくしてると、雄二が、居間になにか新しいTV?を買ってきた。あの子、アルバイトでもしてたのかしら?
「雄二、それ何?新しいテレビ?」
「まあ、見てなって…」
彼はそのTVにキーボードをつなぐとなにやらやり始めた。え?これって、もしかするとコンピュータなの?
突然、画面が切り替わって、映像が…って、タカ坊が映ってる。え?何これ?
「おぉ、たかあき、こっち見えるか?」
「あぁ、順調、順調。って、あれ、後ろにいるのはタマ姉?」
えっ?タカ坊よね…映ってるの。なんで?
「た、タカ坊?タカ坊よね…どうなってるのこれ?」
「あは、タマ姉、今、ぼくの家のPCとタマ姉の家のPCをビデオチャットでつないだんだよ。
これなら、アメリカにいても顔を見ながら話せるよ。」
えっ?そうなの?なんで、難しいことわかんない。でも、そういうことなのかな?
「貴明。姉貴にはあとでちゃんと説明しておくから、言いたいことがあったら今のうちにどうぞ。」
「あぁ、タマ姉。これを付けとけば電話なんかしなくても大丈夫だから、電話代をためて、アメリカにきてよ。
一週間とか位だったらお仕事おやすみ取れるだろ?」
タカ坊の気持ちは本当に嬉しかったんだけど…だけど…
「タカ坊、でも…行っちゃうんだよね。私がどんなに頼んでも…行っちゃうん…だ。」
「タマ姉…。」
「………。」
「…タマ姉、じゃあ、行くのをやめるって、言っちゃっていいの?
ぼくだって、タマ姉と離れるのはいやなんだ。
でも、前にも言ったように、ぼくは行きたい。行って、いろんな勉強がしたいんだ。
だから、少しの間だけ離れようって決心したんだ。
もちろん、それまでには長い時間がかかったし、タマ姉にすぐに決めてくれって言わない。
もし、出発の日までにタマ姉の決心がつかなかったら留学はやめる。
また別の機会にするから、それまでに、よく考えてよ。」
「じゃ、じゃあ、私が行かないでって頼んだらやめるの?」
「それが、タマ姉の考えた末の答えならね…。」
タカ坊ったら、ズルイんだから…でも、私は、わかったわと返事だけして自分の部屋に篭ってしまった。
「おい、貴明、いいのかあんなこと言って、姉貴がOKしなかったらどうする?」
「雄二、お前、何年タマ姉の弟やってんだよ。
タマ姉はさ、必ず『答え』を持ってきてくれるよ。それが、どんな答えかはわからないけどな。」
「ふ〜ん、そんなもんかね…。」
「まあ、タマ姉を信じてるって感じかな?」
「はいはい、ご馳走様。のろけはそのぐらいにして、セットアップ終わらせちまおうぜ。」
「そうだな、あとは、アプリの起動とかチェックするか。」
「了解。」
私は、雄二の主催していた壮行会にも出席せずに、タカ坊の出発の日まで毎日うじうじしながら過ごしていた。そんなある日、一本の電話がかかってきた。
「はい、向坂でございます。」
「あ、わたくし、長坂啓子と申します。環さんはご在宅でしょうか?」
「え?啓子?うわぁ〜久しぶり環よ。どうしたの?」
「えへへ、そうだと思ったんだけどね、実は、近所まで来てるのよ、仕事でね。で、帰るまでに時間があるからどっかで会えないかな?とか思って。どう?」
「今、どこにいるの?」
「環の家から一番近い駅の駅前。えーと、シェルブールって喫茶店の前。」
「OK。20分待って。そっちに行くわ。」
私は、大急ぎで支度すると、駅前に向かった。
啓子は九条院での一番仲の良かった友達。
卒業してから、彼女は実家の北海道に帰っちゃったから、もう長いこと会ってないわね。
ええと…どこだろう?シェルブールの前?え?あの人?ずいぶん雰囲気が変わったわね。
「け〜いこ。」
「あ、環、うわっ、全然変わってない。さすがね。」
「啓子はずいぶん雰囲気変わったじゃない。大人の雰囲気ね。」
「へいへい。有難うございます。向坂のお姉さま…きゃはは。」
「その呼ばれ方久しぶりね。ところで、今日、何時に帰るの?」
「う〜んとね、8時の電車には乗りたいかな?。」
「じゃあ、そのへんで食事でもしない?」
ということで、近くのイタリア料理のレストランへ。
「ほんとひさしぶりね。啓子。」
「卒業してからだから、3年ぐらいかな?どうしてたの?」
「あいかわらずよ。実家の家業を継ぐために修行中よ。」
「そうなんだ、こっちは、貿易会社に勤めて、一応、キャリアウーマン…自称だけどね。
ところで、例の年下の彼とは、うまくいってる?前に由香から聞いたよ。環が寝取ったって…きゃはは。」
「…うん…まあまあね。」
「どうしたの?まさか、今度は誰かに寝取られたとか?きゃはは、そんなことないわよね。」
「うん、そんなことはないけどね…。」
「どうしたの、何かあったの?」
「うん、彼がね、半年間アメリカに留学するの。で、どうしようかな…って。」
「え?…はは〜ん。わかったぞ、付いていきたいけど行けない。でも一人で行かすのは不安っていうところかしら?」
「さすがね、啓子。図星だわ。」
「環の考えることは昔から変わらないわね。
そういうのを取り越し苦労っていうのよ。
大丈夫よ心配しないでも。
どうしても心配なら、夜討ち朝駆けで、電話でもしたら?」
「うん、この間、うちの家にコンピュータを持ってきて、ビデオチャットっていうの?
あれをセットアップしてくれたんだ。いつでも、顔を見ながら話せるようにって。」
「あらあら、お熱いことで…彼は一生懸命あなたの事を考えてるんじゃない。なのに、あなたは何をうじうじしてるのよ。」
「わかってるだけど…ね。踏ん切りがつかないのよ…。」
「環…こんな、お話があるの…聞いてくれる?
あるところに、女の子がいました。
彼女は、大学のときから好きな人がいたんだけれど、臆病な彼女は、『好き』というたった一言がいえませんでした。
でも、彼女は、学校を卒業して、遠く離れた実家へ帰るときに、意を決して彼に告白しました。
結果、彼は、彼女を受け入れ、遠距離恋愛を3年間もつづけていて、そして、3ヵ月後には結婚することになるそうです。」
「え?け、啓子…それって…。」
「そう、あなたに何度も相談した彼のこと。結婚するんだ。」
と言って、啓子は婚約指を私に見せた。
「環、遠距離恋愛ってね難しいわよ。
でもね、お互いが相手の気持ちを大事にしていたら絶対大丈夫よ。
あなたの彼が、前に遠距離恋愛で失敗したのは…多分、女の子の努力不足ね。
男の子は浮気するもの。だから、させないように、あなたが積極的に彼を愛してあげなきゃ。
でなきゃ、彼は浮気するよ。」
「啓子…」
「環…昔、よく相談に乗ってくれたあなたに…ううん…あなただから言うわ。
彼を行かせてあげて。そして、彼に今まで以上の愛を注いであげて。
あなたなら出来るって…そして、もっと強い絆を作ってね。
遠距離恋愛で培った絆って強いわよ。わたしね、今回のことでわかったんだ。
あなたに色々相談してた時って、多分、わたし、恋に恋して甘えていたんだと思うの。
北海道に帰るときにはじめて、彼の大事さが分ったの。だから、勇気を出して告白したの。
結果オーライだったけどね。あなたも、多分、今が一番大事なときだと思うの。
だから、しっかり、彼を捕まえるのよ。」
「啓子…強くなったね…」
「花嫁さんはつよいのですよ。きゃはは。」
「啓子…わかったわ。ありがとう。やっぱりあなたは、私の親友よね。一生付き合っていける親友よね。」
「環…わたしは、ずーっと前から、あなたが親友だと思ってるよ。
そしてこれからも…。どんなに離れていてもね。環、結婚式にはぜひ出席してね。」
「当たり前よ。他の何をおいても行くわ。」
「ありがと、環。あなたもがんばってね。そして、彼との結婚式に出席させてね。」
「そうなるようにがんばるわ。」
「じゃあ、そろそろ、時間だから帰るわ。」
「啓子。ありがとう。本当にありがとう。」
「やだな、環。別に何もしてないわよ。
でも、もし、感謝の気持ちがあるなら、あなたの結婚式のときに特別料理にしてね。きゃはは。」
「うん、そうする。じゃあね、啓子。」
「じゃあ、結婚式楽しみにしてるわ、環。」
私の親友は、突然現れて、そして帰っていった。
私の心に大事なものを残して…親友っていいものね。
彼女を見送ったあと、私は一人家路についた。
そう、タカ坊は『もし、出発の日までにタマ姉の決心がつかなかったら留学はやめる。
また別の機会にするから、それまでに、よく考えてよ。』って言った。
あれは、彼が私を信じてるという証拠。
なのに、私が彼を信じないなんてできない。
わたしは、長いことタカ坊を待ってたんだから、こんなことで、タカ坊を見限るなんて出来ない。
タカ坊、明日、私の答えを持っていくから、待ってて。
タカ坊。どんなに離れていても私はタカ坊のものよ。
そして、あなたは、わたしのもの…だれにも渡さない。
愛してるわ、タカ坊。
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タカ坊の留学で揺れ動くタマ姉。頭では理解できてるんだけど…なんせ、自分で意識せずに、女の子にやさしくしてしまう貴明のこと。タマ姉の思いもわかるようなきがしますが…そこはやはりタマ姉…かな?啓子さんは、タマ姉の親友として設定した女の人です。タマ姉の弱点を補ってくれる大事な人です。タマ姉の次にすきなキャラです。
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