卒業(前編)
あ〜あ、せっかくの日曜だというのに、朝からぼ〜っとすごしてしまったなぁ。
「ふう。あ〜あ、いやんなっちゃう」
朝から、何度目かのため息をついてから、あたしはベッドにうつ伏せに倒れこんだ。
ため息の原因の80%は、わがバカ姉、残りの20%はというと、自分自身なんだろうな?
せっかく、このみをダシに使ってまで、色々とお膳立てをして、あのバカとの間を取り持ってやったのに、
わが姉は、もう一歩が踏み込めずに、結局お友達として付き合ってるんだよね。
まあ、あの一件は、二人の間を相当近づけたとは思うんだけど、私が思ってたほどのものじゃなかった。
もちろん、あのバカも、他のライバル達とも同じような距離感でつきあってるみたいだから、
特に出遅れたわけではないのだろうけど、私にとってはちょっと困ったことになってきてる。
そんな、中途半端なことされたら、せっかく自分の中に封印した気持ちが、表に出てしまうじゃない。
もちろん、こんな、あたしなんかを、あいつが相手にしてくれるとは思ってないし、
あたしのキャラじゃないから、こっちから付き合って欲しいなんて、死んでもいえないことは百も承知…でもね。
ああ、本当に鬱陶しい。
ちょっと、このみと買い物にでもいこう、そう決めたあたしは、お姉ちゃんの、お昼ご飯もうすぐだよ〜という声に、
『いらない』と返事をして、家を後にした。
このみの家に着いて呼び鈴を押してみたが、案の定、反応は無い、誰もいないみたいだ。
どうしようかな、ちょっと待ってみようかな…。ちょっと待ってみて帰ってこなかったら、一人で行こうか?
そんな風に思って、門の前の段に腰を下ろした。
待ってる間に、このみのことが色々思い出されていた。
このみは、多分あいつのことが好きなんだろうな…でも、結構普通に付き合ってるよね。
どんな風に思えば、そんな風に付き合えるんだろうか、今度、聞いてみよ。
そうすれば、わたしも…。
そのとき、不意に私の上から声が聞こえた。
「郁乃ちゃん?」
見あげると、あいつ、河野貴明が、覗き込みようにあたしを見ていた。
立ち上がって、「ビックリしたじゃない」と文句を言おうとしたその途端、目の前がチカチカしだした。
しまった、貧血による立ちくらみだ。何かにつかまらなくっちゃ…と思ったのが最後の記憶。
記憶が戻ったときには、あたしはあいつにお姫様抱っこされていた。
「ん? え? 離してよ、恥ずかしいよ」
そう言うあたしにあいつは、有無を言わさず、こう言った。
「こらこら、暴れるな、こういう時は言うこと聞けよ、郁乃!」
ん? この台詞前に一回聞いたような気がする。郁乃って…なんだかどきどきする。
あたしは、そのまま、あいつの家に連れて行かれて、ソファに降ろされた。
「大丈夫?」
「あ、うん、大丈夫。いつものことだし、ちょっとした貧血だから問題ない」
「愛佳に連絡しようか?」
「や、やめて、それだけは、おおごとになっちゃう」
お姉ちゃんの、顔が思い浮かんだ、もうそんなことになったら大変だ。
「じゃあ、ちょっと休んでから帰るといいよ」
あいつのその言葉に、『ありがと』と返事をしてちょっと休ませて貰うことにした。
「紅茶なら、そんなに刺激が強くないから大丈夫じゃないかと思って…」
そんな言い訳をしながら、あいつが紅茶を持ってきてくれた。
本当に、いい奴なんだよね。優柔不断な、ヘタレ野郎なんだけど…。
「ねぇ」
「なに?」
「あんたさ、あたしの姉のこと、どう思ってんの?」
「えっ?」
「だから、姉のことをどう思ってんのか教えてよ」
「どう…って」
「だ・か・ら、好きなのか、嫌いなのか」
「…」
あたしは、あいつの返事を待っていた。
平然とした態度をとっていたけど、実は、心臓が飛び出してくるんじゃないかってくらいドキドキしてたんだ。
YesでもNoでもあたしにとっては重大なことだから。
あいつは、そんな、あたしの気持ちなんかお構い無しに、ゆっくりと話し始めた。
「じ、実はね、郁乃ちゃんだから話すけど、少し前に、愛佳からデートのお誘いを受けてね。
そう、今、思えば、あれってデートの誘いだったんだな。
一緒に、ケーキを食べに行ったり、愛佳がそのお礼にってお弁当を作ってきてくれたりしたんだ。
その時の愛佳の雰囲気がいつもと違っていて、なんだか、愛佳の事が急に気になりだしてね。
しばらく、どうしようかと考えてたんだけど、雄二の奴にも、いいかげんに決断しろよとか言われて、
愛佳に付き合って欲しいと、告白したところ」
お姉ちゃんの雰囲気が変わったって?
信じられないけど、もし、そうなら、あたしがやったことで、勇気を出してくれたかな?
「で、返事は?ど、どうなったのよ」
「うん、即答でOKもらったよ、それが昨日」
え? なんて? そういえば、昨日、お姉ちゃんなんか嬉しそうだったけど、これのことか…。
じゃあ、あたしは、今日何をしてたんだろ…バカみたい。
「…っていうことは、あんたと姉とは付き合うことになったっていうこと?」
「うん、前から愛佳のことは可愛いなと思ってたし、
妹思いの彼女を見てると、なんだか助けてあげたいって気になっていたんだ。
それに最近は、なんだか、眩しいくらいに可愛くなって…」
複雑な気持ちのあたしの口からは、気持ちとは裏腹な言葉がでていた。
「はいはい、のろけはそのぐらいにしてよね。よかったね、姉を幸せにしてやってよね。
浮気なんかして、姉を泣かせるようなことがあったら、殺すからね」
「あ、うん、愛佳を泣かせるようなことをするもんか。世界で一番大事にするよ」
あいつのその声を聞いてあたしは、思わず涙が溢れそうになった。
でも、ここで泣いちゃ、郁乃さんの面子にかかわるから、ぐっと我慢だ。
「じゃ、じゃあ、もう、よくなったから帰るわ」
「あ、送っていくよ」
「いいわ、あたしこれから行くとこあるから、男の人には一緒に来て欲しくないのよね。わ・か・る?」
「あ、う、うん、わかった」
じゃあねと言って、後ろ手で、ドアを閉めると涙が溢れてきた。
よしよし、よくがんばったぞ、あたし。
あいつには、泣き顔を見られなかった。
お姉ちゃんはきっと、嬉しかったはず。なら、あたしは、お姉ちゃんを祝福してあげなきゃ…だよね。
それが、長い間にわたって、お姉ちゃんに苦労をかけたあたしの唯一の恩返し…のはず。
そうよ、あたしがあいつのことを思う気持ちなんて、一時の気の迷い…だと思う。
お姉ちゃんの気持ちに比べたら、あたしなんか…あたしなんか…。
それに、これは、あたしが願ったこと。
病院で、あたしを助けてくれた特に、決めたこと。
クリスマスパーティーの帰りにもそう思ってたはず。
バレンタインの時も…
そうよ、あたしが、あたしが願ったこと。
なのに、どうして、こんなに悲しいの?
どうして、こんなに切ないの?
どうして、どうして…
お姉ちゃんの…ため…だよね。
あはは、涙で前が見えないなんて事、本当にあるんだ。
こんなこと、小説の中だけの出来事だと思ってた。
その日、私は家に帰ると自分の部屋に閉じこもっていた。
食事ものどを通らないなんて、こんな気持ちになること本当にあるのね。