タマ姉らしさ
その後、少々、紆余曲折はあったものの、おきまりのように告白して、もちろんOKをもらい、彼とは付き合い始めた。 あまり、あっさりしていて、あんなに悩んでいたのはなんだったんだろうと思ったほどだった。 結局、彼との関係は、時にはいたずらをしかったり、私のわがままに付き合わせたりと、見た目には昔と何も変っていないようだった。
いいえ、違うわ、そう思いたかっただけよ。 毎日を楽しく過ごしていくうちに、私の中には、説明のできない不安感とあせりみたいなものが、 どんどん大きくなっていくのが感じられたから。 つきあって、しばらくは、それが、何なのか分からなかったけれど、だんだん、はっきりしてきた。
でも、それを認めてしまうことは、今のこの幸せを放棄することになる。
そんなこと出来ない…出来るはずない。
そうよ、この気持ちは、私の中にしまっておけばいいのよ。そうすれば、この幸せは離さないですむ。 もう、幼馴染のお姉ちゃんなんていわれるのはいや。
そんなある日、いつものように夕食を終え、自分の部屋で明日の予習をしていると、ノックの音がした。
「どうぞ、雄二でしょ。」
ドアをガチャと開けて入ってきたのは弟の雄二だった。
「何か用?」
「ん?まあ、なんだ、たまには雑談でもって思ってきたんだけど忙しいか?」
「いいわよ、別に、そんなに長くなければ。」
彼は、それを聞くと少しほっとしたように、でも思いつめたように口を開き始めた。
「実は…姉貴。最近なんだか変じゃない?なんか、いつもの姉貴らしくなくってさ。何か、あるのか?」
私は、その言葉を聞くと、一瞬、ドキッとしたけれど、雄二が知ってるはずないと、悟られないように言葉を続けた。
「なにか変?別にいつもと変らないわよ。」
「あぁ、変だよ。最近さ姉貴は貴明にべったりだろ。学校の行事もあまり参加せずに帰ってくるしさ。」
「べ、別に付き合ってるだから、いいでしょ、そのぐらい!」
「うん。そりゃ、そうなんだけどな。まわりの皆もそう思ってると思うんだけど、俺は、なんか腑に落ちなくってな。 最近の姉貴は、なんか、他人を寄せ付けないようなオーラが出てるみたいでさ。 昔の姉貴は、皆が寄ってきて、焼かなくていい世話を焼いてたじゃないか。 その中で、俺や貴明をこき使って、このみといっしょにはしゃいで、そういう、姉貴だったんだけどな…。 …春にさ、姉貴が帰ってきたときには、春休みを全部つぶされたけど、俺も貴明もなんの不満もなかったぜ。 全て姉貴を中心に回っていて、俺らが回りにいて…だから、貴明と姉貴が付き合うって聞いたときはうれしかったぜ。 俺らの絆(?)みたいなものがもっと強くなるような気がしてさ。でも、実際は逆になったような気がする。」
「…」
私は、彼の言うことに一言も口を挟めずにいた。だって、その通りですもの。 あさひさんの力で私と彼の邪魔になるものを排除してもらったんだもの。 私が黙っているので、雄二も少し困ってしまった様子だった。
「ま、まあ、姉貴に説教する気はなかったんだけど、ちょっと、思ってたことを言ってみた。気に障ったらゴメン。 まあ、二人のことに首は突っ込まないけど、『貴明らしく、姉貴らしく』つきあってくれよな。 これ、弟からのお願い。じゃ、俺、自分の部屋に帰るわ。」
そういった後、彼は、立ち上がりドアを閉めて自分の部屋に帰っていった。 ドアを閉めるときに少し私の目を見て、何か言いたそうだったけれど、そのまま、帰っていった。
私らしく…タカ坊らしく…か。
数日が過ぎ、いつものようにタカ坊と一緒に登校しているときだった。橋の上で、桜の木を眺めながら、タカ坊がつぶやいた。
「春の花見、タマ姉の家での花見、楽しかったね。」
「えぇ、また来年もしましょうね。」
「う…ん。でも、このみはもう来ないかな。クラブ忙しそうだし。 今年みたいにみんなではしゃげないよね…もう。だんだん、離れていくんだね。みんな。」
「そ、そんなことないわよ。だんだん、自分のやりたいことがでてくてるだけよ。 そうよ、みんな、そうなんだから。そんなこと言ってるっていうことは、タカ坊が進歩してない証拠。」
一生懸命ごまかせた…かな?
「はは、そ、そうかな…行こうかタマ姉。」
また、数日が過ぎ、放課後、タカ坊を誘おうと2年の教室のほうへいくと、なんだか騒がしい。 どうしたんだろう?と思ってみてみると、雄二とタカ坊が大喧嘩の真っ最中!
「貴明、おまえ、いつからそんな薄情な男に成り下がったんだよ。小牧が困ってるのになんで助けてやんねぇんだよ。」
「そんなこと言っても、今日は用事があるんだから、小牧と中庭掃除当番は変われないだろ。」
「用って、姉貴との約束だろ。ちょっと、姉貴に謝まりゃ済むことだろうが。てめえ、自分の事ばっかり言いやがって。 小牧、当番は俺が代わってやるから、お前、早く行け。妹さんの手術なんだろ。」
「で、でも、あわあわ、でも。」
「いいから、行け〜〜。」
「はいーーーー。」
「貴明、ぶん殴ってやろうかと思ったけど、やめた。てめえみたいな奴を殴ってもしかたねえからな。 じゃあな、明日から、しゃべり掛けないでくれ。俺は、小牧の代わりに掃除に行って来る。」
「ふん、こっちから願い下げだね、雄二。金輪際口きかないからそのつもりでな。」
タカ坊…
家に帰ってから、いろんなことを考えた。
確かに、雄二が言うように、何か変だわ。それは、全て私が中心。当然よね。
自分が何してるか、考えたらすぐ分かるわね。
今日の朝のタカ坊は、なんかつらそうだった。たぶん、自覚はしていないんだろうけど…。
雄二との喧嘩のこともそう。あれは、タカ坊が悪い。 でも、タカ坊はあんなことを言う男の子じゃない。困ってる人を見捨てるような、そんな子じゃないはず。
この間の雄二の言葉も気に掛かる。
じゃあ、ひょっとして、このみも同じ気持ちなのかしら?
他の女の子も?愛佳さんも?
私とタカ坊の関係はみんなの犠牲の上に成り立ってるの?
違う、違うわ、私とタカ坊じゃない。
私だけのわがままが、みんなの犠牲の上に成り立ってるんだ。タカ坊も含めて…
私の欲しかったものは、こんなものじゃない。私は、わたしは、タカ坊と一緒にいたかっただけ、ただ、それだけ…
これじゃ、まるで、一人芝居…みたい。
私らしく…か
私は、決めた。今日のタカ坊の姿をみて初めてわかった。間違ってる。
決めた。たとえ、その結果、彼と別れることになっても
私は、夜を待って、桜の木のもとへ。
あさひさんに会うために。
「環さん。どうしました?」
「あさひさん。いろいろお願いして、お世話してもらって、こんなこと言うなんてって思われるかもしれませんが、 全てを…全てを元に戻してください。お願いします。私…私、こんなのいやなんです。 辛いかもしれないけれど、自分の力でやってみたいんです。ごめんなさい。」
私は、素直に頭を下げた。 ひょっとして怒られるかも、そして、もとに戻してもらえないかもって、思ったけど、 とにかく、ぶつからなきゃという一心でお願いしてみた。
ところがあさひさんは、怒りもせずに、静かに言葉を発した。
「やっと、気がつきましたね。人に恋焦がれることと、その人と愛し合い一緒に道を進むことの違いが分かりましたね。 初めて、自分の犠牲の上に、彼の彼らしさを取り戻そうとしましたね。その気持ちがなければ、愛は育まれません。 あなたらしさも、戻ってはきません。」
「私らしさ…。」
「明日、目が覚めたら、全てが元に戻っています。もう一度、やり直してください。 私は、もうお目にかかれないと思います。うまくいくといいですね、では、さようなら。」
翌朝、いつものように学校へ行こうと家をでると、後ろから雄二が追いかけてきた。
「ま、待ってくれよ姉貴。ちょっと寝過ごしたからって、置いてけ堀はねえだろう。」
あ、そうか、元に戻ったのね。昨日までは遠慮して後から来ていたのに…ふふっ。
そのあと、いつものように、タカ坊とこのみに会って、タカ坊に朝の挨拶する女の子たちを横目で見ながら学校まで着いた。
いつもなら、ここで、別れるんだけど、今日はちょっと違うの。
「タカ坊。」
「ん?何?」
「大好きよ。世界で一番好きよタカ坊。」
「え?え?タ、タマ姉、何だって?」
「姉貴、気でも違ったか?」
「タ、タマお姉ちゃん???」
「タカ坊、私、もう、うじうじするのはやめたの。だ・か・ら、タカ坊、愛してる〜。」
「タ、タマ姉…それって、付き合ってくれっていうこと?」
「違うわ。それを決めるのは貴方。でもね、とりあえず、私好みの男の子になってもらおうかな〜なんて思ったりして、 だ・か・ら、びしびし、鍛えてあげるから覚悟なさい。」
「そ、そんな、横暴だよ。」
「返事は?」
「え〜だって、勝手に決めないでよ。」
「返事は?」
「そんなこと言ったって…」
「もう一回だけ聞くわ。返事は?」
「わ、わかったよ。言う事、聞けばいいんだろ。」
「返事はハイ」
「…ハイ」
(…大丈夫ですよ…その方はあなたの魅力に引かれていきますよ…)
あさひさんの声が聞こえた気がした。
私らしいでしょ、あさひさん。
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