バレンタインデー(タマ姉)

「環お姉さま〜、なになさっているですか?」
 
わ、やば、玲於奈だわ。一番来てほしくないのに来られたわね。
 
今日は2月7日。
 
来週の日曜日は、バレンタインデーだから、
寮の共同のお台所で、こっそりと、やってたんだけど…みつかっちゃったか。
この時期にこんなことしてたら、誰が々見ても、手作りチョコよね…。
 
「えっ、別になにもしてないわよ。」
 
ちょ、ちょっと…無理があるかな…
 
「でも、チョコレートの香りがいたしますわ。
  ま、まさか…バレンタインのチョコを作っておられるとか…も、もちろん、私宛ではないのですよね。」
 
半分期待、半分羨望の眼差しで私の後ろの湯せんを見に来る玲於奈。
 
「ああ、玲於奈心配しないで、違うから。そ、そう、みんながね、チョコ作ってるから、ちょっと甘いものが欲しくなって、クッキー用のチョコを溶かしてたのよ。ほら。」
 
苦しい言い訳だけど…
 
私から見せられた、市販のクッキーと湯せんで溶かしたチョコを交互に見ながら、
玲於奈は『ふ〜んそうなんだ』という顔をしながら、笑顔に戻った。
 
ううん、ごまかせるわけ無いわね…ホントバレバレだわ。
 
「私も、お手伝いさせてください。」
 
ニコニコ顔の玲於奈。
 
「玲於奈、もうほぼ終わったし、これからは私の楽しみだからね。ほらほら、あっち行く。」
 
は〜い、わかりました〜と言いながら向こうに行く玲於奈を見てほっと一安心。
 
実は、今年の4月には、タカ坊の学校に転校が決まってるので、
その前にちょっとタカ坊にジャブを入れておこうかなと、
外出許可証をもらって、2月13、14、15日は、実家に帰ろうと計画中。
 
無論、タカ坊は何も知らない。タカ坊の驚く顔が楽しみ〜。
ひょっとして、『好きだったんだ、タマ姉』とか行ってくれたりして…って、
 
まあ、あの鈍感タカ坊がそんなこと言うわけ無いわね。
 
「あの〜、環お姉さま。どうなさいまして?
 ほっぺがにやけておられますけど…やっぱり、バレンタインチョコなのですか?」
 
い…何時の間に戻ってきたのよ玲於奈。
 
「違うったら、違うの、あっち行きなさい。」
 
早く仕上げないと、これはやばいわね。
じゃあ、手抜きな分は、愛情で補って…とりあえず完成。
早く部屋に戻ろ。これをラッピングしたら、あとは、週末を待つだけ。
なんだか、こんなに週末が待ち遠しいなんて初めてじゃないかしら。
 
そして、長い長い一週間が終わって、ようやく金曜日になった。
明日から、タカ坊に会える…。
そうだ、玲於奈にちょっとおすそ分けしておいてやろうかな。口止め料も込めて…
 
授業が全て終わって寮へ戻ると、おすそ分けのクッキーを持って玲於奈の部屋へ。
 
コンコン。ガチャ。
 
中から出てきたのは、玲於奈じゃなく薫子。
中をのぞくと玲於奈もかすみもいる。
しかも、なんだか、しんみりしている。どうしたんだろう?
 
「どうしたの?みんなで?」
 
その声に反応したのは薫子だった。
 
「環お姉さま。実は、玲於奈のお父さまが倒れられたようなのです。
お昼過ぎに先生から連絡を受けて…
玲於奈さんは、ショックで先ほどまで寝込まれていまして、
ようやく動けるようになったような状態で…。」
 
ええっ?玲於奈のお父さま?私と玲於奈は親戚同士だから、玲於奈のお父さまもよく知ってる。
健康そうな方だったんだけど…。それより、玲於奈よ。大丈夫かしら。
 
「玲於奈、大丈夫?」
 
「えぇ、お姉さま。みなさんに介抱していただいて、やっと落ち着きました。」
 
「じゃあ、玲於奈、一刻も早く、お父さまのところへ行かなきゃ、用意しなさい。私もついていくから。」
 
「あ、でも、お姉さま、明日からご実家へ帰られるんじゃなかったんですか?」
 
「そのつもりだったけど、こんな状態の玲於奈を放っといて帰ったらお父様にしかられるわ。そうだ、あなた達も行く?」
 
かすみと薫子にも確認したけど、よくよく考えてみると、
このタイミングで外出許可証がでるはずないので、結局私と、玲於奈の2人でいくことにした。
 
「そうだ、じゃあ、私はこれから先生方に交渉してくるから、あなた方は、玲於奈を手伝って出かける用意を整えて頂戴。」
 
「わかりました。お姉さま。」
 
二人の声を後ろに、私は、先生方の元へ。
もちろん、問題があろうはずも無く、すぐ車の手配をして頂いて、出発することにした。
 
学校を離れるときに、車のガラス窓に、チラッとタカ坊の顔が思い浮かんだ。
 
本当は、今すぐにでも飛んでいきたい。
バレンタインのクッキーも渡したい。
 
でも…私の横で心配そうに私に寄りかかってきている玲於奈をひとりにはできないわ…私は、向坂家の跡取りですもの。
 
結局、玲於奈のお父さまの入院されている病院についたのは深夜になった。
玲於奈のお母さまからいろいろ事情を聞いたところ、命に別状はないし、
幸い発見が早かったため、数ヶ月のリハビリ程度で事無きを得そうということだった。
とりあえず、ほっと一安心というところだけれど、一番、ほっとしてるのは玲於奈だろう。
 
玲於奈と私は、病院と玲於奈の自宅を往復して、お見舞いやら、お使いやらをして2日をすごした。
そして、日曜日の夕方には玲於奈と二人で学校への帰路についた。
 
「玲於奈、でも、本当に良かったね。不幸中の幸いだったね。」
 
「お姉さま、本当に、有難うございました。」
 
「何回言ってるのよ、もういいわよ。一族ですもの、困ってるときは助け合うのが基本でしょ。」
 
「いいえ、本当は、お姉さまご実家へ帰られる予定だったのでしょう?
それを、キャンセルしていただいて、私に付き添ってくださるなんて…。」
 
「大丈夫よ、別に、お父さまの顔なんかいつでも見れるし。」
 
心にも無いことを言い放つと、玲於奈は、覚悟を決めたように話し始めた。
 
「いいえ、お姉さま、玲於奈にはわかっております。
本当は、どなたかいとしい方が、ご実家の近くにおられるのでしょう?
そして、その方に先日のクッキーをお持ちになるおつもりではなかったのですか?」
 
「…玲於奈…」
 
私は、否定も肯定もできず、ただ玲於奈の名前をおうむ返しにつぶいやいただけだった。
彼女は、まるで、それが、当然の答えのように話を続けた。
 
「本当に申し訳ございません。わたくしの様な者のために、大事な時間を割いていただいて…
 でも、お姉さまが、そこまで思い焦がれる殿方ってどのような方でしょうか?
お姉さま一途な玲於奈としては、少々妬けますわ。
一度、お会いしてみたいものです。そのうち、ご紹介いただけます?」
 
もう、玲於奈の中では、そういうことになってるわけね…まあ、実際その通りだし…
 
「ええ、いいわ、玲於奈。もし、彼が私を受け入れてくれたらね…。」
 
「お姉さまを袖にするような男は男ではありません!」
 
ははは、それが、なかなか、鈍感だし…恋敵も多そうだし…ね。
 
「玲於奈、このことは、私たちだけの秘密よ。薫子にもかすみに言っちゃいやよ。」
 
「わ、わかりましたお姉さま。」
 
そういって、ぽっと頬を赤らめる玲於奈がなぜか可愛く見えた。
 
寮に戻って、先生に報告した後、玲於奈を部屋まで送り届けて、ようやく私は自分の部屋へ。
タカ坊へのプレゼントが、ぽつんと机の上で私を待っていた。
本当は、今日渡す予定だったんだな…
 
まあ、いいか…4月から毎日一緒ですもの…
 
クッキーを一枚取り出し、タカ坊の代わりに食べてみたら、
ビターチョコのほろ苦い味がした。
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郁乃ちゃんたちの話の一年前で、まだ、タマ姉が転校する前のお話です。
また、このお話は、ささらエンド前提で書いてます。
ですから、玲於奈たちは、転校してこなかったという設定です。
そして、その影には、こういう裏話があったということです。
ちょっと、寂しいですけど…
 
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